shindo_y新藤 義孝
@shindo_y新藤 義孝
政府の行政刷新会議による「提言型政策仕分け」が23日、終わった。年金支給の減額などを提言したが、注目度は一昨年に比べ見る影もない。それもそのはず。何しろ、一昨年の「事業仕分け」で「凍結」と判定された公務員住宅の建設を財務相として再開するよう指示したのが他ならぬ野田佳彦首相本人だからだ。「仕分け」も今や「焼け太り」や「骨抜き」と同様、官僚主導政治の代名詞となりつつある。
それなら、歴代首相を一定の評価基準に基づいて仕分けた方がよほど、建設的というものだろう。昭和までさかのぼると時代環境が異なりすぎる。ここは平成に入って首相に就任した故宇野宗佑氏から前首相の菅直人氏までの計15人のうち、超短命で「評価不能」の宇野氏と羽田孜氏を除く13人を仕分けてみる。
評価基準は政策などの「見識」、国民への「発信力」、法案成立などの「実現力」のほか、「外交」、「国会対策」、「歴史観」の6項目とした。他にも首相に求められる能力は多々あるが、「指導力」は結果次第で変わる可能性が高いし、「クリーン」や「人柄」は結果重視の観点からあえて除外した。
その結果、総合1位は安倍晋三氏の46点、次いで故小渕恵三氏44点、小泉氏42点。40点以上は、この3人だけで、30点代の6人は「可もなく不可もなし」といったところか。「見識」で9点の故宮沢喜一氏は「実現」や「歴史観」の5点が響いて36点。インテリ度だけでは業績に直結しない好例といえる。
29点以下は、鳩山由紀夫氏25点、菅直人氏26点、福田康夫氏28点、村山富市氏29点の計4人。ワーストの4氏は「不可」と判定せざるを得ない。
安倍氏は、自身の退陣から5年続けて首相が1年前後で交代していることもあり、以後4人の首相たちと「一緒くた」にされることが多い。
だが、憲法改正に必要な国民投票法の成立、戦後初の教育基本法改正、防衛庁の「省」昇格など、1年間の業績としては特筆に値する。
逆に、政権の失点として閣僚の失言を指摘する向きもあるだろう。だが、こうした閣僚は、安倍内閣以前の自民党政権でも主要閣僚や党三役を経験した人物が多かったが、その際は失言など皆無だった。安倍氏が負うべきは、人を見る目がなかったという意味の任命責任よりも、任命の結果責任の方だろう。また、安倍氏の業績は「衆参両院の多数派がねじれていなかったから」という反論もあるかもしれない。だが、同じようにねじれの制約がなかった鳩山内閣が成果らしい成果もないまま、普天間問題で迷走した揚げ句、自縄自縛に陥ったことは記憶に新しい。
また、衆参ねじれ下にあった福田氏、麻生太郎氏、菅氏の各政権も参院での否決覚悟で、信念に基づく政治行動を取ったとは言い難い。法案が参院で否決されても局面を打開できることは、小泉氏が郵政民営化で証明してくれたではないか。
安倍氏は22日、産経新聞のインタビューで在任中に靖国神社に参拝しなかったことについて「それ以来、首相の参拝が途絶えたことでは禍根を残してしまった。春の例大祭か夏(終戦記念日)に参拝すべきだった」と述べた。
また、「参拝する、しないは言わない」とする“あいまい戦術”をとった理由として「(小泉前政権時代に首脳交流が滞った)日中関係を安定的な関係に戻し、拉致問題や日本の国連安全保障理事会常任理事国入りへの支持を得るためだった」と明かした。この発言からも明らなように、安倍氏が首相就任前から靖国参拝を一つの「外交カード」と位置付け、対中交渉に臨んだことが分かる。靖国のカード化には賛否もあるだろうが、確実に言えることは鳩山政権や、中国漁船衝突事件での周章狼狽ぶりで対外戦略の無策を露呈した菅政権を経験した現在から振り返る時、安倍内閣の挫折は日本の政治にとって極めて惜しまれる事態だったということだ。
タイミングの悪い退陣表明もあって、安倍氏の再登板に対する待望論が広がるには、もうしばらく時間が必要になるのかもしれない。だが、日本の政局は閉塞(へいそく)感が強まる一方だ。今後、保守再編が加速するようだと安倍氏復権が予想以上に早まる可能性もある。(森山昌秀)
◇…先週の永田町語録…◇
(21日)
▽従米は駄目
亀井静香国民新党代表 環太平洋連携協定(TPP)で米国に軽んじられ、どうして中国と対等外交ができるか。私も親米だが、従米はいけない。(沖縄県・尖閣諸島に関する集会あいさつで)
▽TPPは大学受験茂木敏充自民党政調会長 (東南アジア諸国連合と日中韓の)ASEANプラス3は例外品目を協議できる高校受験。なぜ、TPPという難しい大学受験から始めるのか。(TPP交渉参加についてパーティーで)
(22日)
▽名付け親
野田佳彦首相 私が名付け親。まさに無駄の削減だけではなく、各政策の制度論まで掘り下げ、これからの方向性を考えるという意味の仕分けだ。(提言型政策仕分けについて記者団に)
▽涙の歴史
溝手顕正自民党参院幹事長 公式がない。いろんな人が泣いたり笑ったりする。最後は誰かが泥をかぶらなくてはならない。与党と議長で汗をかき涙をのんだりする歴史だ。(参院選挙制度改革について記者会見で)
(24日)
▽胸に手を当てて
輿石東民主党幹事長 この問題こそ急がなければいけない。解散だ、解散だと言って、本当に解散したらどうなるか。一人一人の議員が胸に手を当てて考えなければいけない。(衆院選挙制度改革について記者会見で)
▽福袋
高村正彦元外相 福袋の中にダイヤモンドや真珠が入っているのか、ヘビやムカデが入っているのか分からない段階で賛成とか反対とか言えない。(環太平洋連携協定について記者団に)
安倍元首相インタビュー、「在任中に靖国参拝すべきだった」「慰安婦謝罪発言はしていない」
自民党の安倍晋三元首相は22日、産経新聞のインタビューに答え、首相在任中(平成18年9月~19年9月)に靖国神社に参拝しなかったことについて「それ以来、首相の参拝が途絶えたことでは禍根を残してしまった。春の例大祭か夏(終戦記念日)に参拝すべきだった」と述べ、首相の靖国参拝を定着させるためにも参拝を決断すべきだったとの考えを表明した。
安倍氏は首相就任前は一貫してときの首相の靖国参拝を要請・支持してきた。首相退任後も毎年、参拝を続けているが、自らの在任中は「参拝する、しないは言わない」とする“あいまい戦術”をとっていた。
その理由について安倍氏は「(小泉前政権時代に首脳交流が滞った)日中関係を安定的な関係に戻し、拉致問題や日本の国連安全保障理事会常任理事国入りへの支持を得るためだった。その上でしかるべきときに参拝しようと考えていた」と明かした。
実際、当時の政府高官によると「安倍内閣時代はそれまでに比べ、中国は拉致問題に関してかなり詳細な情報を伝えてくるようになった。北朝鮮にも拉致問題解決を相当強く要求するようになった」とされる。
安倍氏は「18年10月に訪中し、日中関係改善という所期の目的は果たした。翌19年は春秋の例大祭か夏に参拝をと思っていたが、秋の例大祭の段階では首相を辞めていたので時機を逸してしまった」と述べた。
また、19年4月に米ワシントンで行われたブッシュ米大統領(当時)との会談で、大統領に慰安婦問題を「謝罪した」と報じられた問題に対し、「会談で慰安婦問題は全く出なかった。そもそも日本が米国に謝罪する筋合いの話ではない」と否定した。複数の元政府高官によるとブッシュ氏が正式会談前、安倍氏に米国産牛肉の輸入再開問題と慰安婦問題について「面倒だからこの二つは話したことにしておこう」と提案し、「話は数秒で終わった」(高官)。しかし、記者会見で慰安婦問題について問われたブッシュ氏は「首相の謝罪を受け入れる。大変思いやりのある率直な声明だ」と答えていた。
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