先程、車を運転しながら米軍放送を聞いておりました。大変驚きました。何に驚いたかというと。その放送の内容が畏くも昭和天皇の玉音放送に関連しており、しかも、その内容が完全なる捏造であることです。
米軍放送曰く、1、000人の日本兵がポツダム宣言受諾を声明しようとする昭和天皇を捕えようとするクーデターが起こり、失敗に終わったとしておりました。畏れ多くも天皇陛下を捕えようとした兵士は一切存在しなかったものと理解しております。
玉音盤を盗み出そうとして失敗に終わったことは承知しておりますが、天皇陛下を捕獲しようとしたとする米軍放送は完全なる捏造です。
玉音盤事件(ぎょくおんばんじけん)
終戦案の一つとして玉音放送を行うというアイデアは、久富達夫情報局次長が総裁下村宏(号海南)に提案し8日に天皇に伝えられたと言われる。9日の御前会議直後には実行に移され、迫水久常内閣書記官長が内閣嘱託川田瑞穂に文案を依頼、それを元に迫水が草稿を、12日に安岡正篤大東亜省顧問が加筆、14日に天皇の言葉が加えられ、詔勅案として完成した。この中から放送用として清書が用意され、御前会議での終戦決定、ポツダム宣言受諾の通知が各国に出された後、午後11時20分から録音が行われた。一度目は失敗し、二度目に録音は成功した。2組作られたこの録音レコード「玉音盤」は、侍従室内の金庫に保管された。
15日未明、陸軍省軍務局員畑中健二少佐、椎崎二郎中佐らは、クーデターを起こして終戦を阻止しようと謀り、近衛師団長森 赳中将に近衛師団の参加を迫ったが、森中将はこれを拒否、射殺される。クーデター派は、偽の近衛師団長命令を出すと、近衛師団を動員して皇居を占領。右翼尊攘同志会らの参加もあって、日本放送協会、鈴木貫太郎官邸と同私邸、木戸幸一内大臣邸、平沼騏一郎枢密院議長邸などを襲撃した。皇居に入ったクーデター派は、玉音盤の行方を探したが発見できなかった。早朝、不審に思った近衛師団の士官の通報でクーデターを知った東部軍司令長官田中静一大将は、皇居に乗り込み、首謀者や近衛師団兵を説得し、首謀者の自殺によってクーデターは失敗に終わった。
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